僕から生まれるアートは見えない世界からの預かりもの。僕はアートに命を吹き込む「媒体」です

=僕と僕のアートとの関係について…=

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(2022.12/7再編集済み)

 

 

 

僕にとってのアートとは、あらゆるメッセージと共に「命の時間」を持って降りてくる存在なのです…

ちょっとしたきっかけから絵を描き始めたのは、2014年が終わろうとしていた頃。
それまでは絵を描く事も見ることも、全くと言っていいほど興味はありませんでした。

 

でもいざ1枚の紙を前にすると、きっかけとなるモチーフが浮かび上がり、自然と手が動き出すのです。
そこには一切の迷いはありません。
それは、何かが降りて来て僕という存在を通して絵を描いているという感覚です。

 

僕から生まれるアートは、見えない世界からの預かりもの。

そして僕の元に降りて来るのは皆、争い事が苦手な優しい誰かさん…

 

僕自身は、アートに命を吹き込む「媒体」です。

 

この「創作」の時間は目には見えない何かと僕の魂とが交わる、とても大切な時間なのです。

 

アートにも、人や動物と同じように命があり、

また、その寿命というものがあると僕は思っています。

ですので、手元に残っているものの中で、この世でのお役目を終えたと感じるものには、感謝と敬意の気持ちを込めてお別れをしています。

手元には僅かな数しか残っていません。

 

もう自分の中で既に不要と感じるエネルギーや、違和感のあるエネルギーを感じるものについては、その都度手放しているからです。

もちろん長く大切に残しておいたものの中にも、時間の経過と共に別れを告げるものもあります。

 

「勿体ない」

「いつか売れるかも」

「作品が可愛そう」

 

などと心配してくれる方々が多いのですが  実は元々僕はそういう感覚は持ち合わせていないのです。

 

 

そして、この世に長く残るから優れたアートという概念は僕にはありません。

短い時間でも、ちゃんとお役目を全うしてくれる素敵なアートもあることを知っています。

 

人間だって長生きすれば立派というものでもないですよね。

 

人生の長さよりも「どう生きたのか」が大切で…

 

これは命あるアートにも同じことが言えるのではと感じています。

 

僕に降りてくる何かから受け取るのは、穏やかで優しい陽だまりのような波動。

そこにはピリピリした競い合いや、争いの波動は無いのです。

あるのは、人肌に触れたときに感じるような安心感。

 

そして、ふわっと笑顔になれる穏やかな時の流れ…

ここには、僕という媒体を通して、優しく柔らかな波動を伝えようとしている目には見えない存在が確かに在るのです。

その目には見えない存在が、たくさんの人間の中から僕を見つけて、この役割を委ねてくれたと感じています。

 

だから僕は、与えてもらった人生の時間をひとりの表現者として、この命の時間を紡いでいくのです。🍀