曖昧にする事の罪

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自分の事ってよくわかってるようで、実は都合の悪い部分は、見て見ぬふりをしてるなぁって最近つくづく考える事がある。

人に対するその場しのぎの曖昧な対応。

 

相手にもよるし、いつもではないよ。

何かを学ぼうとしてる時なんかは、疑問を残したままになんかしないんだけど、時々こんな対応をしちゃう事があるんだ。

 

例えば、相手の話の中に良く分からない言葉が出て来ても、

「それって何?」って聞かずに解ってるようなふりしてそのまま流しちゃう。

 

特に相手が早口だったりして

「・・・って知ってるよね。その・・・がさ、あ~してこ~して…」

みたいに先に進まれちゃうと、知らなくても勢いに押されてうなずいちゃったりしてね。

 

もちろん相手は気付いてないんだけど、僕は内容がよくわからないからひたすらその話題が終わるのを待つっていう、非常に失礼な事になっちゃう。

相手がその話に熱を込めてると、質問しなかった事をめちゃくちゃ後悔するんだけど、もう今更聞けないって感じでね…。

僕自身も、分かってるような顔をして聞いてることで、けっこう疲れる。

 

何で気楽に質問したり、「知らない」ってはっきりと言えないんだろう…。

 

簡単に言えば僕が見栄っ張りなんだろうな。

 

知らないのに知ってるふりするのは、僕の中で「知らない」ってことが「恥ずかしい」に結びついちゃってるから…のような気がする。

これは幼少期の体験からきてるかもしれないな。

 

子供の頃、分からない事があるとその場で質問してたんだけど、後から親に

「何であんな事聞くの!! バカだと思われちゃうでしょ!!」

って物凄く怒られる事が多かったんだ。

 

他人に質問すると怒られるから、親に聞くことにしたら、そこでもまた「うるさいっ!!」って怒られる。

だから、分からなくてもそのままにする習慣がついちゃったみたい。

 

もうひとつの悪い癖は、心の中では即決で「NO」なのに、その場では言えなくて後始末に苦労する事。

本当は自分のやりたい事は別の方向にあるのが分かってる。

そして、持ち掛けられた話は、全然やる気が無い。

それでも相手が勢いのある人だったりするとそれに押されちゃう事がある。

はっきりと引き受けるわけでは無いけど、はっきりと断ってもいないような感じ。

 

その場で断って、相手の気分を害したくないってのもあるけど、実は自分が嫌な顔されるのが怖いっていうのが大きいかな。

人に気を使ってるふりをしていても、本当のところは「自己防衛本能」のなせる業なんだと思う。

 

でも根本的に、自分の意志は、はっきりしてるから、言われるままにその事をやるってことは無い。結局は断る。

それ故に後ですごく困ることになるんだ。

どうやって断ろうかとか、断ったら相手がどう思うかとか、さんざん悩んで、そのことに余計な時間や神経を使うことになっちゃう…。

その場で断れば、ひと言で済むのにね。その勇気が無い。

 

結局は自分にとっても無駄な労力だし、相手に余計な期待を持たせてしまうっていう・・・罪だよねこれって…。

人生の時間は、有限。

せっかく話をしてくれてるのに、その場しのぎでわからないまま聞いてるなんて、相手の時間も奪ってるし、自分にも無意味な時間。

答えが出てるのにすぐに「NO」と言えないのも同じだよね。

 

最近まで、自分のそういう部分をわかっていながら、見ないふりをしてた。

 

だけど、自分一人での活動がどんどん増えるにつれて、もうちょっと自分の言動に責任を持たなきゃなって実感してきたんだ。

もちろん、これまでも誠実にやってきたつもりだったけど、曖昧な対応をする事があるってことは、本当の意味では中途半端なんだろうな。

足りないのは、明確な意思表示。

 

ほんの一時自分を守るためにそこを曖昧にしてると、結局は良くない結果が待ってる。

もっと自分の「本心」に正直に行動するほうがいいのかなって思う。

たとえその瞬間恥ずかしい思いをしたり、相手が嫌な顔をすることになったとしてもね。

僕はいつも本心では曖昧なものって無い。

わからないものは、直ぐにでも知りたくなるし、

好きか嫌いか、やりたいのかやりたくないのか…。

 

そんないろいろは、心の中で明確に分けられてる。

そして物事も迷わずにすぐ決める。

人の言葉や行動に左右されることって無い。

反対されたとしても、自分が良いと思えば必ず自分の選んだ方へに進む。

 

ただ、今まではさっき言ったみたいな状況になると、心とはうらはらに遠回りしちゃう、そんな自分にいつもイラついてたんだよね。

気付けば今年ももう、とっくに後半に入ってる。

 

去年から人も物も、出来事も、僕を取り巻くいろいろが入れ替わりはじめてる。

そんな中で、僕にとって大切なもの、必要な物、心地よいもの、それがどういうものなのかを実感してる。

ということは、逆のものがどういうものなのかもはっきりとわかってる。

長い間のしがらみの中で、違和感や嫌悪感を感じているものは、結局どうごまかしても、ずっと違和感も嫌悪感も無くなることって無い。

だから、そういうものに無理して執着する事も辞めようと思ってるんだ。

 

自分の意志表示を明確にしていくのは、僕にとってはとても勇気のいる事。

でも、人生の有限な時間を有意義に使っていくためにも、曖昧にするのって良くないなって感じてる。

それは、決して我儘に自由奔放にって事では無いよ。

 

「本心」で、「誠意」をもって、「正直」に、そして根底には「愛」を持って、人や物、出来事に接して行こうと思ってる・・・ということ。🍀

 

 

 

 

イベント情報

希 noZomi 第4回個展
「陽の当たる場所を探して」は
無事終了いたしました。
ありがとうございました。

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