執着を外すと瞬間瞬間が楽しくなる…

僕は何をやる時でも、「まずは成果や結果を念頭に置いて…」ということはしません。

しないというよりも、そこに意識が向かないのです。

「まずはゴール設定をして…」というところから物事を始めるという流れが、僕の細胞の中には組み込まれていないように感じています。

 

人生の中で、それをやったのは受験の時くらいだったでしょうか…

あの時は自分の意志とは関係なく、社会の仕組みの中で無理強いされたような、ひたすら心地良くない経験でした。

 

僕は ”出すべき結果”よりも、
”出さなければならない結果”  よりも、

今!  今、この瞬間‼︎

というものを楽しみたいから、だから何かをやるのです。

それは絵でも音楽でもダンスでも、スポーツでも同じ。

人生の中でたったこの瞬間しかない ”今” を…軽やかな気持ちで楽しむのです。

 

誰かや何かを目標にしたり、比較したり、競ったりする気持ちもなく、
そんな中で出てきた結果が、大したものではなくても、誉めてもらえなくても、

しかも、何の役にも立たなかったとしても、それでも全て良し!

ただ、僕がいつもブレる事なく、そんな風にやっていると、

「何だか面白そう…」

と自分も好きなことを見つけて ”今” を楽しもうと動き始める仲間が、ぽつりぽつりと増えてくる。

仲間といっても、一緒に行動しているわけでもなく、それぞれが独自に別々の場所で、別々の事を楽しんでいるという感じです。

何の役にも立っていない感じの僕のやっている事が、そうやって誰かの人生に彩りを添えるきっかけとなることは、僕にとって楽しい瞬間なのです。

 

成果や結果に執着していると、常に緊張感や疑心暗鬼の中にあって、時には不安や恐怖を感じてみたり…

それではこの穏やかな心地良さを感じられる事は無いでしょう。

勝敗や点数を競う事に楽しさを感じる人もたくさんいるけれど、
僕のように、そこには喜びも楽しさも感じられないタイプの人は、その緊張感から離れて、
とにかく目の前の ”今、この瞬間‼︎” を楽しむことに意識を向けてみると、そこからの人生が全く違ったものになるかも知れません。

 

 

そして僕は、たとえ何か特別な事をしていなくても、
ただ道を歩いている時や友達と会っている時など、そんな日常の何気ない時間までもがいつも嬉しく、楽しく感じられるのです。

 

僕は尊敬もされることも、誉められることも特にないけれど、
僕と一緒の時間を過ごした人は、何だか楽しく前向きな気持ちになってくれるようです

そうやって僕との出会いをきっかけに、人生を楽しむ人が少しずつでも増えていくのは、とても嬉しいことです。

それはやっぱり、結果や成果に執着するのではなく、
”今、この瞬間‼︎” に意識を向け、それを大切にしているからに他ならないのでは…そんな風に感じています🍀

 

 

※結果を重んじるスポーツに関して、僕なりの楽しみ方を話している箇所があるので(1分50秒辺りから)、興味がございましたら聞いてみて下さい。

何かの参考になれば嬉しいです。